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No.12 JIKC 空手合宿 ノースショアにて

例年のごとく、2007年11月10日、11日に、ノースショアのYMCAにて、JIKCの空手合宿が行われました。5歳から9歳までの子供達は、保護者同伴で参加が可能で、10歳以上の子供は、個人での参加が可能です。キャンプ場のキャビンは約200名が宿泊可能で、細い田舎道を隔てて、海側と山側に分かれています。一軒のキャビンには、5人から10人が宿泊できます。

一昨年は95名、昨年は105名、今年は140名と、少しずつ参加者が増えてきています。JIKC合宿の本当の目的は、現在ハワイ州の中にある15箇所の道場の1000名以上の弟子達は、お互いに顔も知りません。年に一度のキャンプ場で寝起きを共にし、食事も共にして、新しい仲間を作り、知識と経験を増やす事が目的です。
空手の練習は1日に1回で、その他の時間は、アーチェリーやクライミング、スイミングやバレーボールなどのアクティビティーをグループに分かれて行います。

空手の指導は、あまり細かな技術的な指導はせず、練習に対しての心掛けに重点を置いています。それは、一生懸命にやる事、そして何かを学ぼうとする自主性と姿勢です。

No.11 成せばなる

この言葉は私がまだ5歳の頃、よく祖母や母から耳にしました。

その後12歳の頃になり、空手の道場に入門しました。そこでまた、先生や先輩から、この言葉をよく耳にしました。

そして私がハワイでJIKCを開いた後の1965年頃、日本のドキュメンタリー映画で「成せばなる」という題名で、それはニチボウ貝塚の女子バレーボールチームのドキュメンタリーでした。その頃の女子バレーボール界は、常にロシアが優勝を遂げていましたが、日本のニチボウ貝塚の女子バレーボールチームが、独自に世界選手権で優勝し、その後の東京オリンピックでも優勝を成し遂げたというストーリーでした。

ニチボウ貝塚の監督であった大松監督と日本人の根性を見せる、日本人の真髄を物語った映画でした。近年はこういう根性ものは、あまり受け入れられませんが、現代には現代の見方、やり方、考え方というものがあると思いますが、以前にそういうことがあったのだ、ということを省みるという姿勢も、将来の役に立つのではないか、と思うのであります。

我々は、過去から習い、現代でそれを実行して、未来の理想を描く、それが大事だと思います。もう一度、「成せばなる」の意味を味わいましょう。

追伸;「成せばなる。成さねばならぬ、何事も。ならぬは人の、無さねなりけり。」

No.10 JIKC空手クラス オープニングセレモニーの誕生

JIKC空手の道場訓は、日本の空手道場の壁に掛けられているものと、ほぼ同じであります。

日本の空手道場では、殆ど声にして出される事はなく、ただ壁に重々しく掛けられてあります。時々先生や先輩から、注意を受ける時だけ、道場訓を元に指導される事がありましたが、それもほんのまれな事でした。

ハワイに来たのが1962年で、1965年に、JIKC(Japan International Karate Center)をオープンし、初めて道場訓を壁に掛けました。ちょうど私が28歳の時でした。その頃は、道場に出入りする時と、クラスの開始時と終了時に、礼をし、そして「オス!」を言いました。その頃の、お弟子さんの殆どは、18歳から30歳位の年齢で、しかし中には、60歳位の高齢の方がいて、道場訓の意味を知り、「これは非常に重要な事だ」と言ってくれました。

その頃は指導も、技術的な事が中心で、道場訓は、道場の壁に掛かっているだけでした。それから少し経ち、クラスの開始前は

1、 正座
2、 道場訓を全員で聖唱
3、 正面に礼
4、 先生に礼
5、 お互いに礼
を、開始時と終了時に行うようになりました。

そのうち私は、道場訓が空手の指導に非常に大事だと思ったのですが、お弟子さん達は、そんな事は大事ではないと、私に反論しました。それと同時に、それまでのお弟子さんは、
18歳から30歳位の年齢での人が殆どでしたが、この頃になって、10歳位の子供達がどんどん増えていきました。10歳位の子供達に、空手の技術の習得と、道場訓を結びつける事は非常に難しい事でした。特にその頃の私の英語は、まだまだ片言の英語でしたから、到底、道場訓を説明するなどという事は出来ませんでした。そこで

1、精神力 <真剣、努力、根性>
2、習得の心構え <自主性、責任感念、自尊心>
3、相互関係 <感謝、思いやり、団結心>

道場訓をここまで細分化すると、子供達にも説明がし易くなりました。

以来、今でも、JIKCのクラスの前には、皆で気合いを入れて聖唱する事から、クラスのお弟子さんとインストラクターは、一丸となり、精進を目指しております。

No.9 渦中転出 (かちゅう てんしゅつ)

No.9 渦中転出 (かちゅう てんしゅつ)

「渦中転出」という言葉は、「渦中」と「転出」に分かれています。
まず「渦中」とは、水のうずまく中。 ごたごたした事件の中。トラブル、混乱、もめ事などの中心の事をいいます。
そして「転出」とは、今まで自分が居た所を出て、他の所に移る事をいいます。

早い話が、「渦中転出」とは、トラブルなどに巻き込まれてはいけない、という意味です。

混乱やトラブル、もめ事などというものは、だいたいにおいて人間が作り出すものです。その中で囚われてはいけません。囚われるとは、出口のない四角い部屋の中に人が閉じこもってしまう、というような漢字です。混乱やトラブル、もめ事などに囚われることなく、まずは、そこから出て、客観的に見る目と、冷静な心を持って考えてみるという事はとても大事な事です。

そして、まずそれは自分の責任下かどうかを考え、責任下であれば、どうしたら良いのかをじっくりと考えます。そして、もし、自分ひとりの力では解決が不可能な事であれば、必要であれば誰かの助けを借りる事も考慮しなくてはなりません。いったん、客観的に物事を見て考え直す、という事は、時には非常に役に立つ事があるものです。

「木を見て森を見ず」という諺にもあるように、一本一本の木に目を奪われて森全体を見ない、
つまり、ものごとの些末(さまつ)な一面に拘(こだわ)り過ぎて、本質や全体を捉(とら)えられないことの事をいいます。

人間が作り出すトラブルとは違って、自然界においてのトラブルは常に必要性も伴って起こっているように思います。地震にしろ、津波にしろ、台風にしろ、干ばつにしろ、そこには必ず長所と短所があり、地球も君達と同じように生かされているのだよ、という訴えにも似た悲鳴のように感じることがあります。地球も私達も、大きな「生命」の中で共存しているのであります。真剣になって地球環境を考えるのは、地球に住ませて頂いている人間の当たり前な奉仕の精神でなくてはならないのです。それを怠ることから、大きな自然災害がめぐりめぐってくるのではないでしょうか?

人間は、生かされているのです。今現在を満足出来ない人には、明日の満足は有り得ません。人が作り出したトラブルなどに巻き込まれる事なく、今を喜び、感謝をして過ごす。

武道を学ぶ人達には、生活の基本に、「渦中転出」を踏まえ、木も森も見える人であってもらいたいと思います。

平野清久

No.8 百錬自得 (ひゃくれん じとく)

「百錬自得」この言葉は私が空手の修行というものを始めた1950年代に、先生や諸先輩達から何度となく聞いた教えでした。

「百錬自得」という言葉は、「百錬」と「自得」に分かれています。
まず「百錬」とは、百回練習をすると書きますが、実際には、何度も繰り返し鍛えていっそう良
くする事をいいます。
次の「自得」とは、自分の力で悟ること。自分自身で理解し、会得する事をいいます。例えば、
力とスピードのバランス、足の位置、身体の姿勢、目の付け方等々を、練習を積み重ねる事によって、何が大事なのかを自らの身体で覚え、身に付ける、という意味です。

「百錬自得」とは、1950年代の指導方法として、多くの分野で使われていました。知識として頭で覚えるのではなく、積み重ね練習する事によって身体で覚えろ、という指導法でした。

しかし1960年代には武道においても科学的な練習方法が取り入れられるようになってきました。身体の要因や技術の要因などが、専門家の手によって研究され、技術は技術、体力は体力とどんどんと分解され、研究され、それらの分解されたデータを元に指導されるようになっていきました。

1950年代には、どんな事にもビクともしないような強い武道家が多く世に出ました。しかし1960年代の後半頃からは、強い武道家と言うよりも、上手な空手選手へと変わっていきました。

それは、1950年代の「百錬自得」という、修練に対する心構えから、1960年代の、試合に勝つ為の練習へと移行していった事が原因のように私は思います。

果たしてどちらが良いかは判りませんが、武道としての空手と、スポーツ的に勝利を目指しての空手の差は、近年どんどんと広がっていってます。

唯一良かったという点では、スポーツ空手になった事で、日本の空手が、全世界へと広がった事です。武道的空手では、今のような全世界への普及は有り得なかったと思います

白帯から黄色帯に昇進するのも、一種の「百錬自得の極み」ですし、白帯から黒帯に昇進するのも、また一種の「百錬自得の極み」と言えます。人生においても、例え失敗を重ねようとも、練習を重ねに重ね、経験を通して身に付け学び、生きる事を極めていこうではないか。 

平野清久      

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